タイトル『カタルシス 〜 精神の浄化 〜 第3話』

















『 遅い・・・ 』



数時間前から、は時計を睨んでばかりいた。



いつものこの時間なら、ロイは扉をノックするはずだ。



しかし、今日はその気配すらない。



「来なければ 来ないで、構わない。その方が気が楽だ・・・!」



などと言っては、時計を眺める。



は、そんな自分に次第に苛立ちを覚えた。



『 なぜ、なぜ こんなに腹が立つのだろう・・・ 』



辺りは薄暗くなり、家族の団欒だんらんが聞こえ始める。



こんな状況にいるからなのだろう、は無理矢理に気持ちを納得させた。



本当に気持ちには、気付けずに・・・































「すまない、遅れてしまったね。」



息を切らせて駆けてきたロイに、はいつものように言う。



「また来たのか・・・」



しかし、この返事も慣れたもの。



「毎日来ると言っただろう?」



ロイは笑顔で返事を返す。



にとって、その笑顔が 何よりも嬉しかった。








欠かさず持ってくるプレゼントのおかげで、の部屋はたちまち華やかになった。



出会ってから数週間、ロイは毎日 この家を訪れいている。



「アンティークは嫌いかい? 今日は、君に似合いそうなティーポットとカップを持ってきたよ。」



・・・気に入ってくれるといいのだが



そう言いながら、比較的大きな箱が 目の前に差し出された。



それを受け取り、蓋を開ける。



「・・・・・」



は暫く黙り込んだ。



「どうした・・・?」



そんな様子を ロイは不思議そうに眺め、問う。



「・・・なぜ、二つある・・・」



これを聞いたロイは、『 もっとも 』というような表情でこう言った。



「なぜって・・・君にお茶を淹れて欲しくてね。」



半ば馬鹿にされると覚悟しながら、しかし微笑んで。



ロイは、少し照れたように言葉を返した。



白を基調としたポットに、緻密な細工が施されたカップ。



の目から見ても、それはとても美しかった。



「・・・勝手な奴だ。」



はくるりと向きを変え、家の奥へと入っていく。



ドアは 開いたまま。



これに驚いたのは、他でもないロイだった。



キョトンと立ち尽し、呆然とする。



「入って・・・いいのかね・・・?」



その問いかけに、は振り向いた。



口元が微かに微笑んでいる。



「の、飲みたいのなら・・・入って来ればいいだろう?!」



プイッと視線を逸らすと、ぶっきらぼうに言葉を返す。



つられてロイも微笑んだ。








「あぁ・・・有り難う。」




































二人の間に、おもだった会話はこれといって無かった。



「この紅茶はおいしい」だの、「近くに新しい店が出来たのだ」などといった、ロイが話す事が中心だった。



その話に は静かに耳を傾け、時々頷きながら時を過ごす。



ずっと静かだったこの家に 幾筋かの光が差し込んだように、ロイの心地よい声が響き渡る。

























「こんな時間まで すまなかったね。」



帰り際、席を立ったロイは上着を羽織りながら言った。



空は 先ほどとは打って変わり、日は沈み 星空が眩しくなっていた。



「・・・あぁ。」



使い終わったカップを片付けながら、は少し照れたようにそっぽを向いた。



その様子に、ロイは思わず苦笑する。








『 ・・・本当に可愛らしく、美しい・・・ 』







そして、ふと気付いたように、ロイはにこう尋ねた。



「君の名前を聞く前に、家にあげて貰ってしまったね。・・・名前を教えてはくれないか?」



この質問に、は思わずロイを見た。



微笑んだ優しい瞳に、思わず吸い込まれそうになる。



「・・・ダメかい・・・?」



はっと我に返り、は少し考える。



「名前、か。暫く名乗っていなかったからな・・・」



少しの沈黙の後、はこう言い放った。



「私の名前は、。・・・忘れる前に聞いてくれて、助かった。」



ありがとう そう付け足して閉じた唇は、今までの中で最も素晴らしく美しかった。



微笑んだその顔に、よく映える表情。



ロイの顔は、躊躇ためらいもせず赤くなった。



「・・・っ。こちらこそ有り難う、では また明日。」



「あぁ。」



いつもと違う雰囲気の中、ロイは上機嫌に帰って行った。



いつもと違う雰囲気の中、はその姿を見送った。


























これから起こる 悲惨な出来事など、微塵も察することは無く・・・



























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