タイトル『遅すぎた出会い 第7話』

















バルコニーの手すりに腰掛け、星を見ながらため息をつく青年は、


「兄さん、最近ため息多いよね。そんなにこの宿舎好きじゃないの?」


後ろから聞こえる弟の声に苦笑する。


「・・・そんな事ねぇよ。軍部の宿舎なんだから、ある程度整備されてるし。・・・それより」


「それより・・・?」


鎧を磨く手を止め、続きの言葉を兄に促したが結局聞かせて貰えなかったようだ。しぶしぶ弟は、手入れを再開した。


そんなやりとりに暫く視点を定めていなかったエドだが、弟が静かになるとまた星空を仰いだ。



もこの空を見ているだろうか・・・



そんな事を日々思いながらこの一ヶ月を過ごしてきた。


の事を考えない時は無く、迎えに行く手立ても考えていた。


どうしたら一番いい方法で連れ出せるか。

どうしたら憲兵に見つからないか。

どうしたら・・・


結局、自分の頭だけでは収まりきらないと悟ったのか、未だ鎧を磨く弟に意見を求めた。


「・・・なぁ、アル。聞いてもいいか?」


「なぁに?兄さん。」


「この間の姫の婚約パーティーのときの事なんだけどさ・・・」


エドはたった一人の兄弟、アルフォンスに全て告げた。


話を聞き始めた頃のアルは、信じられないと言わんばかりに驚いていたのだが、真剣に話を進める兄に次第に理解を示していった。


そして、全てを聞き終わった後、軽く息をついた兄を見た。


「・・・最近のため息の原因はそれだったんだね。有難う、話してくれて。僕も協力するから無理はしないで。兄さんは1人じゃないんだから。・・・それにしても、凄い人に恋したね。」


弟の最後の意外な言葉に、エドは照れてガシガシと頭を掻いた。


「あいつは、自由であるべき人間なんだ。城の中だけに納まるようであって欲しくない。少なくとも本人は外に出たいと願ってる。だから・・・だから俺が」


「今夜の月は少しだけ明るいね。・・・知ってる?シェイクスピアのロミオは、月夜の晩にジュリエットの想いを知って、愛を誓い合ったんだ。きっとこんな夜だったんじゃないのかな?」


照れながらも思いつめるエドに、アルは諭すように口を開いた。


この言葉がエドの行動に潤滑油として働いたのかもしれない。


エドは立ち上がるなり、紙とペンを取ると丁寧に、でも素早く何かを書いた。


そしてアルに紙を見せ、踵を返してこれだけを発した。


「行って来る。」


兄の突発的な行動に内心苦笑しながらも、これから訪れるであろう事態を予測した弟は、走り出そうとする兄に労いの言葉をかけた。


「いってらっしゃい。こっちは僕に任せて。気を付けてね。」


少しだけ振り返り頷いたエドは、勢いよく宿舎を飛び出し城の方へと走り出した。


時刻は11時。警備が薄くなる頃。見つからないで、見つからないで。2人は離れて欲しくないから・・・










無我夢中に走った、我を忘れるほど。


愛しき人が待つ、鋼鉄の壁を壊しに行く。


汗でまとわりつく髪なんか気にせず、ただただ走り続ける。


この想いが届きますように・・・











ずっと夜空を眺めていたは付き人に呼ばれた。


様。お体が冷えてしまいます。星はいつでも見られますし、もうお休みになられてはいかがでしょうか。」


夜空を眺めるというより、闇夜にエドの姿を捜していた。


約1ヶ月、ずっと。



忘れてしまったのではないか

あの言葉は嘘だったのではないか



こんな考えは、の心の片隅にも存在しない。


初めて心から愛した人を・・・エドを信じて待ち続けていた。


それでも付き人の意見に同意して、窓を閉めようとしたその時だった。


微かに、何かが動く音を聞いた。


目を凝らしてみると、茂みに身を隠し「シーッ」っと唇の前に人差し指を出している、待ち続けた人の姿があった。


エドに会えた嬉しさで溢れて来てしまいそうな涙を、は必死で堪えた。


そして、茂みから見えるエドの姿を見つめた。視界が霞んで上手く見えない。


声を出したら付き人に気づかれてしまう。


そんなことは、絶対あってはならない。


暫く見つめていると、エドはコートのポケットから何か取り出しに向かって放った。


の手の中に投げ込まれたのは、小さく折られた紙だった。


開いて中のメッセージを読む。


次の瞬間、は頬を赤く染め、茂みにいるエドに笑顔を見せて窓を閉めた。


「今日は、本当に冷えるわね!もう休む事にするわ。」


ドアの外の付き人に聞こえるよう、大きな声で言うと明かりを消してベットに入った。





お父様ご免なさい。私は愛する人と共に生涯を終えたい。


荒れ狂う波が襲ってきても、全てを薙ぎ倒すような風が吹いても・・・

あの人となら越えて行けるから。


私の最初で最後のわがままです、どうかどうか許して下さい・・・





手の中には、先ほどの手紙が握られていた。






『今宵、貴女を迎えに上がります


 今日と明日の境目から30分後、差出人がわかるなら


 バルコニーにいて下さい


 月が照らす夜空を背に、騎士が姫を奪いに手を差し出すでしょう

 
 どうかその手をとって頂きたい


 永遠の愛に忠誠を、騎士は貴女だけの王子になると誓います』




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